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バリキラキラ仕入日記 
キラキラとはインドネシア語でいいかげんとかおおよそという意味です。
仕入れに行ったときの日記をきままに掲載しています。
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■6月13日(火)■ |
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バリ最後の日
昼食はスミニャックにあるイタリアンレストラン、「ラ、ルティオーラ」で取る。インド洋に面して建てられた2階建てのバリ風の建物。風が前後、左右どこからでも吹き抜けていく、オープンスペースの心地よい空間。目の前に広がるグリーンの芝生と等間隔に植えられたやしの木、その向こうはインド洋の大海原である。白い波が幾重にも押し寄せてくる。 バリのなかでもこの場所は大好きなところでもあり、ホームページのトップに写真を載せている。
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■6月12日(月)■ |
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ビーズ類、布バックの発送をする。昼食は「ワルン、アジア」でトムヤンクンとやきめし、ウオーターメロンジュースを注文、ダブルSIXのにぎやかな通りから少し奥まった所にある「ワルン、アジア」はタイ料理の店で味も良く外国人客も多い。インドネシア料理に飽きたころ、タイのやきめしはバリのナシゴーレンと違って味が薄く、上品に感じられる。好物のトムヤンクン、大きな海老が6匹も入って25000ルピア、日本円で約300円、スープの辛さをウオーターメロンジュースの甘さで中和して食べると絶妙な味になる。このワルンは16日間の滞在中何度も通った。
直射日光は強くても、日陰は涼しい、バリの風に吹かれながら、しばし私はバリニーズ。
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■6月11日(日)■ |
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朝食は軽めに済ませ、11時すぎクタギャレリアにある日本食レストラン「味彩」へ、ランチを食べに行く。相方の友人でもある南保氏がここの総料理長をつとめ、スタッフ60名を抱える大レストランである。
土曜と日曜のランチはバイキングで食べ放題。寿司、刺身、やきとり、茶碗蒸し、てんぷら、ありとあらゆる日本食が並んでいる。南保氏は私たちのために特別に冷凍ではない生まぐろの刺身と寿司をにぎってくれた。冷たいグリーンティもおいしく何杯もおかわりをした。この店のオーナーは中国人の華僑で日本へ、まぐろを輸出している会社の社長でもある。日本に入っている冷凍まぐろの多くは、インドネシアからの輸入品である。
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■6月10日(土)■ |
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私は日本から来た友人たちとショピングをしたり、プールや海で一日中遊ぶ。相方は出来上がったパンツやワンピースの発送をする
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■6月9日(金)■ |
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午前中に発送はすませ、午後はゆっくりと過ごす。今日、タクシーの運転手さんが、「ディマナ、ブラジャール、バハサインドネシア?」と聞いてくれた。私はすかさず「ディ、東京」と答えた。バリに来るようなったのをきっかけにインドネシア語が好きになり、東京の西荻窪にあるB&B語学クラブで1年間インドネシア語を学んだ。 それでも1年に1回のペースでしかバリに来ないので、せっかく学んでも忘れることのほうが多く、バリでは出来るだけインドネシア語を使うようにしている。 ホテルや店やタクシーなどでは英語が通じるので、わざわざインドネシア語を使う必要はないがワルン(大衆食堂)や昔の人たちは英語の通じないこともあるので、私の片言のインドネシア語でも非常に役立っている。 しかし、英語が話せることはこの国のステイタスでもあり、相方の下手な英語でも、必ずといっていいほど、タクシーの運転手はほめる。タクシーに乗っても英語をしゃべる日本人は少なく、ほとんど、日本語で押し当しているようだ。
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■6月8日(木)■ |
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5泊7日でバリに観光に来ている友人たちの滞在しているホテルへタクシーで行く。私たちのホテルとは大違いでみごとなエントランス、海に面したプール、庭にはブーゲンビリア、プルメリア、ハイビスカスの花々が咲きみだれている。 バリという異国の地で初めて会った友人たち、日本とは違って感動もひとしお、お互い抱き合って喜ぶ。一日中、プールで泳いだり、海の波と戯れたり、インド洋に日が沈むまで子供のようになって遊んだ一日。
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■6月7日(水)■ |
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相方の昔からの友人である、バリの有名人、日本人シェフの南保氏のお誘いで、夕方、ジンバランにある日本料理の店「土佐鶴」に行く。京都出身の土佐っ子、バリの竜馬会の会長でもある、細身の愛想のいいご主人が3人を迎えてくれた。ビールを4〜5本飲み、おでんや天丼をご馳走になり、久しぶりの日本食で胃袋も大満足の夜。
今日は日本から3人の友人がバリに来る日でもある。
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■6月6日(火)■ |
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アタ製品を仕入れている店のママが私たちを昼食に招待してくれた。デンパサールのはずれにある2階建ての大きな家、外壁はピンクに可愛く塗られている。ここの家族は、インドネシア人の大半がそうであるように、イスラム教徒でママはいつもスカーフを被っている。 イスラム教と聞くとアルカイダのようなテロリストを思い浮かべる人も多いかもしれないが、ほとんどの人はここの家族のように温厚なひとたちだ。 私たちが到着したときは、ご主人が先に食事をしていた。その後、私たちがテーブルに案内されて、ママと3人で食事をする。インドネシアの代表的な家庭料理が大皿に山盛りに盛られている。アジとトリのから揚げ、カレー、厚揚げとテンペ、内臓の煮込み…日本では、出されたものは全部食べるのが普通だが、イスラムの世界では、残すのが常識だ。なぜなら、女性や子供、従業員はまだ食事をしていないからだ。そんなことも知らずガツガツ食べている私に相方はそっと教えてくれた。 食事の後、家族全員の記念撮影をしてお暇をした。
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■6月5日(月)■ |
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バリにきて今日で1週間。相方はひとりで出かけ、私はホテルでのんびりとTVを見て過ごす。バリでも韓国ドラマが放映されていた。インドネシア語に吹き替えられたドラマはちょっといただけない。
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■6月4日(日)■ |
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今日は日曜日で仕入れはしない日。朝11時、タクシーでマタハリデパートに行く途中に2002年、10月11日テロのあった場所を通る。犠牲になった人たちの名前が刻まれた石の壁、その前には小さな噴水も出来、たくさんの花が供えられていた。犠牲者の多くはオーストラリア人だが、2人の日本人も犠牲になっている。マタハリデパートの近くでも、昨年、テロがあった。テロがあったことがウソのように今日もクタセンターは観光客でにぎわっていた。
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■6月3日(土)■ |
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午前9時、タクシーをチャーターしてスカワティーへ行く。ここでの仕入れは、主に楽器類。タクシーは半日借りきりで14万ルピア、食事代、チップも含めて、20万ルピアを渡す。今日のレートは81だったので、日本円で約2500円なり。 マデという名のバリニーズの運転手さん、車のフロントガラスの前にきちっとお供え物がしてあった。バリの人々の信仰は毎日の生活に根づいている。スカワティへの行き帰りは、ずっと、バリ語を教えてくれた。
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■6月2日(金)■ |
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先日仕入れた物をピックアップして、タクシーでクタ郵便局へ行く。ここの職員とも顔なじみで、昨年撮った写真を渡す。 バリの郵便局は場所によって送料が違うのが不思議だ。 過去、いろいろな場所から出してみたけど、クタの郵便局が一番安い、最も高いのは、ウブドだった。
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■6月1日(木)■ |
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今日は休養日。
クロボカンのパサールで、みかん3キロとスイカとぶんたんのようなでっかい果物を買う。日本円で約500円、安い!! 朝夕はひんやりとする程、風が心地よい。 1月の頃のような、ムッとする暑さがなく過ごしやすい。
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■5月31日(水)■ |
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旧友のチャーリーと3人でデンパサールに行く。
デンパサールは北の市場といわれるように、たくさんの市場やショピングセンターがあり、バリ島の州都でもある。 私たちの仕入れもデンパサールをはずすことは出来ない。
チャーリーは中国系のインドネシア人で、私たちが始めてバリを訪れた時からの知り合いで、大切な友人でもある。
市場にいる不思議なイブたちとも再会。シガニーウィバーとドングリ(私が彼女たちに付けたあだな)、1年半ぶりなのに私たちの顔をみると、すぐにとんできて、真っ黒な両手をさしだしてくる。彼女たちの仕事は市場で買い物をした客の荷物を車まで運び、客からチップをもらって生計をたてている。たいていは、暗黙の了解のもとに、決まった店の前にいて、客の買い物が終わるのを待っている。 ふたりとも、特にドングリは私のそばを離れようとしない。仕入れをしている間、ずっと私のそばにいる。
店への支払いが終わると、買った荷物を頭に載せ100メートル先のタクシー乗り場まで運んでくれる。 シガニーウィバーのほうはドングリより背が高く、20キロもある荷物をヒョイと頭の上にのせ、市場の人ごみの中をスタスタと歩き、まるで、女戦士のようなたくましさを感じる。
何軒かの店で買った荷物をピックアップして、タクシーでデンパサールの郵便局から日本に向けて発送する。 私たちのような小さな店ではドアtoドアの郵便局が便利である。コストを抑えるため船便で送る。 この郵便局にも顔見知りの職員が何人もいる、つい、昨年まで私たちの荷造りをしてくれていた青年が昇格したらしく、きちっとした身なりで書類を抱えて2階へあがっていった。私たちに気が付くとにっこりと笑顔がかえってきた。 |
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■5月30日(火)■ |
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9時すぎにプールに近い、いつものテーブルで朝食をとる。
20室程の小さな、家庭的なホテル。レギャン通りから奥まった所にあり、日本人客はほとんどいない。それにこの時期は泊り客も少なく、私たち2人とあと1人が宿泊しているにすぎない。この静かさと、日本語の聞こえてこない安らぎ、何よりも安さが気に入って、2000年からはずっとここが定宿になっている。 コーヒーを飲みながら庭をながめていると、昨日まで東京にいたことがまるでウソのように感じる。たった、7時間の飛行でまったく別世界に身を置くことができる。このとき、地球の大きさを感じた。
私たちの仕入れは布が主で、ほとんど決まった店で行う。商品も柄や色使いが違うくらいで、さほど変わりなく、わりと楽な仕入れである。値段交渉もビジネスということで、一般の観光客が買う値段よりはるかに安い。決まった店、問屋が数件あり、問屋まわりと郵便局での発送がここでの主な仕事になる。 |
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■5月29日(月)■ |
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11:00成田空港を飛び立ったガルーダインドネシア航空の飛行機はほぼ定刻どおり、現地時間の17:15にバリ島のデンパサール空港に到着した。時差の関係で所要時間は約、7時間。 乾季のせいか南国特有のムッとするような、まとわり付くような空気はない。夕暮れのここちよい風が私たちを迎えてくれた。 雨季とちがって日が沈むのも早い。
空港でタクシークーポン券を買って、いつものホテルへ向かう。 昨年は3万ルピアだったタクシー代が今年は5万ルピアに値上がりしている。(1000円で約8万ルピア)
エスニック雑貨の店を始めて今年で10年、今回は14回目の仕入れ旅である。 相方と一緒にレギャンのホテルに着く。1年半ぶりの再会、ホテルのスタッフもほとんど変わっていない。いつもの懐かしい顔がにこやかに迎えてくれた。
何はともあれ、無事にまた、バリに来ることができた。テラスの心地よい風に吹かれながらビールで乾杯をする。 |
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